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2022年3月14日 (月)

6の数字

我が家では2004年・2013年と悪いことが起きてきました。

とりわけ2013年に79歳の母親が2.5mの高さ(擁壁)から転落し、首の骨が置き石に直撃した事故は恐ろしいものでした。

母の背の高さを勘案すると首に対して4m近い高さから落ちた衝撃が加わったはずなのです。

母親は一人で生活しているので誰もその場にいなかったのです。

不思議なことに動くことも困難な母親が、事故現場から8m近く離れた台所の勝手口に移動し、家に入り近所の知り合いに電話で救いを求めたのでした。(神仏のご加護があったのではと感じました)

知り合いの方がかけつけ救急車を呼んだのですが、来るまでに死んでしまうのではと感じたそうです。

救急隊員はドクターヘリを呼ぼうとしたのですが、本人の希望で県立足柄上病院に運ばれました。

病院で対応した看護師の話では、経験上「最も危ない状態」だったそうです。

自分は翌日病院にかけつけたのですが、医師から説明を受け覚悟をせざるを得なかったことを今でも忘れられません。

病院でもしびれが起きたら手術という体制でしたが、事故後2週間何も起きず次第に回復し2ヶ月後無事退院ができました。

お医者さんは奇跡が起きたといい、自分は神仏のご加護によるものだったと確信しています。

この事故は関係者以外に話しても信じてもらえず、知っている方は少数です。

 

このことがあってから西暦の数字を合計すると6になる年は要注意と感じるようになったのです。

そして2022年6月6日が危ないと身構えました。

しかし想定を超えることが起きてしまったのです。6と6を足すと12になります。

1月2日初詣でお参りに行ったところで、87歳の母親が転倒し足を痛めたのでした。

このことで今年は初詣が出来なくなりました。

まわりに危険なものが無い場所で転倒したので、軽い打撲と考え足に湿布薬をはり静養することにしました。

その後、日ごとに悪化し左足首全体が腫れ上がってきたので、1月5日に救急車を呼んで県立足柄上病院に搬送されました。

そして医師から3カ所骨折しており手術が必要だと聞かされ、緊急入院となってしまいました。

1月11日に手術が行われましたが、この日は半世紀前に私が腹膜炎の手術を受けた日と同じ日でした。

コロナウィルス患者急増の影響でリハビリ治療が不足しているのに、入院から1ヶ月後の2月4日に退院させられてしまいました。

そして足の重いギブスが災いし2月8日に家の中で転倒し、寝たきりの生活になってしまったのです。

そして3月3日介護保険の要介護5と認定されたのでした。

1月5日・2月4日・3月3日と足すと6になることに驚かされます。年末まで元気だった母親が2ヶ月で寝たきりになるまで計画的にスケジュールが組まれていたような印象です。

 

何故このように6が関わる災いが起きるのだろう。

最近ようやく原因が判明しました。

捨てようとした鞄の中から第六天榊神社(台東区蔵前)のお守りが出てきたのです。

40年前に母親は宮司一家と交流があり、とりわけ宮司の母親に気に入られていました。

その後、宮司の母親も亡くなり榊神社は思い出だけとなってしまったのです。

 

第六天の由緒を知ったときに、この神様をお参りしなくなってご加護を受けられなくなったのがすべての原因と理解しました。

どうも西暦の数字を足すと6になる年は我が家では災いが起きやすく、それを救ってくれるのが第六天の神様だったようなのです。

我が家は何かと3の数字と縁が深く、住所・マイナンバーまでも3の倍数なのに驚かされます。このことも何か第六天と深い繋がりがあるような気がします。

榊神社のお守りを介護ベッドにつけると、寝たきりだった母に回復の兆しが現れてきたのです。

今週から出張リハビリも始まります。何とか良くなってほしいものです。

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